最高裁判所第一小法廷 平成8年(行ツ)74号 判決 1999年9月30日
上告人
有限会社沖伊興商
右代表者代表取締役
赤嶺清良
右訴訟代理人弁護士
新里恵二
被上告人
那覇税務署長 朝山勝太郎
右指定代理人
石井克典
右当事者間の福岡高等裁判所那覇支部平成四年(行コ)第一号法人税更正処分取消等請求事件について、同裁判所が平成七年一二月二一日に言い渡した判決に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人新里恵二の上告理由について
所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、右事実関係の下においては、上告人の昭和五四年四月一日から昭和五五年三月三一日までの事業年度の法人税の更正のうち所得金額四八一八万六二九七円を超える部分と右部分に係る重加算税賦課決定及び上告人の昭和五六年四月一日から昭和五七年三月三一日までの事業年度の法人税の更正のうち所得金額七八九二万九一三八円を超える部分と右部分に係る重加算税賦課決定を除いた本件更正処分等並びに本件青色申告承認取消処分が適法であるとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 井嶋一友 裁判官 小野幹雄 裁判官 遠藤光男 裁判官 藤井正雄 裁判官 大出峻郎)
(平成八年(行ツ)第七四号 上告人 有限会社沖伊興商)
上告代理人新里恵二の上告理由
第一、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな重要事項について、理由を附せず、または理由に齟齬がある。
一、原判決は、その第三、一、1、(四)において、次のように判示している(九丁表)。
「(四)ところで、<1>の預金口座は控訴人が設立された昭和五〇年五月一日より前の昭和四九年七月二四日に開設されたものであり(甲一八の1、2)、開設当時は右預金口座は伊是名個人に帰属するものであったというほかなく、また、<2>の預金口座は、昭和五四年一一月二二日に解約されたA預金口座の残高が入金されて同日開設されたものであり、A預金口座は、昭和五三年五月二二日に伊是名個人名義の他の預金口座から払い戻された五〇〇〇万円が入金されて同日開設されたものであるが(甲一〇ないし一二の各1、2、一三)、前記認定のとおり、<1><2>の預金口座は、控訴人の事務所で控訴人の従業員により管理され、右口座の預金が控訴人による貸付業務に利用されていたのであるから、少なくとも本件係争事業年度においては、右預金口座は控訴人に帰属していたと解するのが相当であり、<1><2>の預金口座開設の経緯に関する右事実は前記判断を左右するものではない」
二、原判決は、控訴人主張に基づいて、<1>の預金口座が開設された昭和四九年七月二四日当時には、控訴人会社は設立されておらず、開設当時は右預金口座が伊是名個人に帰属するものであったことを、渋々ながら認めている。
また、原判決は、これまた控訴人主張に基づいて、<2>の預金口座が、昭和五四年一一月二二日に解約されたA預金口座の残高が入金されて同日開設されたものであり、A預金口座は、昭和五三年五月二二日に伊是名個人名義の他の預金口座から払い戻された五〇〇〇万円が入金されて同日開設されたものであることも、渋々ながら認めている。
つまり、原判決は、このように<1>の預金口座が、昭和四九年七月二四日当時は、伊是名個人に帰属するものであったこと、<2>の預金口座が、昭和五四年一一月二二日当時は、伊是名個人に帰属するものであったこと、Aの預金口座が、昭和五三年五月二二日には、伊是名個人に帰属するものであったこと、昭和五三年五月二二日には、伊是名個人に帰属する「他の預金口座」があったことを、渋々ながら認めている。
三、ところが、原判決は、右認定から一転して、「少なくとも本件係争事業年度においては、右預金口座は控訴人に帰属していたと解するのが相当であり、<1><2>の預金口座開設の経緯に関する右事実は、前記判断を左右するものではない」と言うのである。
係争事業年度(昭和五二年四月一日から昭和五七年三月三一日までの五事業年度)において、<1><2>の預金口座が控訴人に帰属していたのであれば、<1>の預金口座については、昭和四九年七月二五日以後のいずれかの時期に、<2>の預金口座については昭和五四年一一月二三日以後のいずれかの時期に、伊是名個人から控訴人会社へ、贈与なり、出資なり、の移転原因がなければならない。
四、ところが、原判決は、<1><2>の預金口座について、いつ、いかなる原因で、伊是名個人から、控訴人会社への権利移転があったのかについては、何ら言及することなく、いつの間にか、理由無しに、個人の権利が、法人の権利に、変わっているというのである。加えて、係争事業年度においては、伊是名個人に帰属する預金口座は、理由無しに、一つも無いとされている。正に理由不備の極と言う他ない。
第二、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな重要事項について、判断を遺脱した違法がある。
一、原判決は、その第三、一、3、において、次のように判示している(一〇丁裏)。
「ところで、当審証人國吉隆は、『昭和五八年五月当時本件係争事業年度における伊是名の個人事業に係る伝票類は被控訴人に提出したものを含め控訴人の事務所に控訴人の事実に係るそれとはっきり区別して保管されており、自分は、本件更正処分等の前である同月一七日、国税調査官らに対し、右伊是名の個人事業に係る伝票類(甲三五ないし五二(枝番号は省略))を示し、これを調べてほしいと話したが、調査官らは右伝票類を調べようとはしなかった。』と供述し、同人の平成六年一一月一〇日付け陳述書(甲五八)にも同旨の記載があり、そして、前記のとおり、控訴人は甲三五ないし五二(枝番号は省略)がその伝票類であるとしてこれを提出している。しかしながら、國吉隆は控訴人の顧問税理士である(同証人)にもかかわらず、伊是名個人名義の口座に係る伝票類の存在という本件更正処分の適否を判断するに当たり極めて重要なことがらについて、國吉隆が控訴人の代理人として作成した異議申立書(甲三の1)及び審査請求書(甲五の1)において何ら触れることはなく、また原審で提出された國吉隆作成の陳述書(甲二七)においても言及することはなかったものであり、当審で初めて右の点について供述したものであること、昭和五八年当時控訴人の代表者であった伊是名は、原審において、昭和五五年に控訴人の事務所を移転した際に伊是名個人名義の口座に係る伝票類を自宅に持ち帰っていたのか、自宅を探してみたところ、昭和六三年の三月か五月ころ、自宅の物置で右伝票類が見つかった旨供述していること、そのほか、原審証人芳賀充の反対趣旨の証言などに照らすと、本件更正処分等の前に本件係争事業年度の伊是名個人名義の口座に係る伝票類が存在することを国税調査官らに話してこれを示した旨の前記の國吉隆の供述等は到底信用できず、右供述等に係る事実を前提とする推計課税の必要性がなかったとの控訴人の主張は採用できない」
二、ところで、原審において甲第三五号証ないし甲第五二号証の伝票類が提出されたについては、次のような経緯があった。
(一) 一審判決は、次のように判示していた。
「原告は、税務調査の際には、伊是名の個人事業の存在について何ら主張しておらず、本件更正処分に対する異議申立の段階で初めて主張するに至った(証伊是名、同芳賀充)」
(二) そこで上告人は、一九九二年(平成四)六月四日付の準備書面(控訴人第二)で、次のように主張した。
「甲第三号証の一、によれば、國吉隆税理士が、控訴人から依頼を受け、立会したのは、昭和五八年五月一二日である。この時点で國吉税理士は、甲第三号証の一、異議申立書の一ページ記載のイ、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘの各預金は、控訴人の簿外預金ではない旨、杉山忠司調査官ほか二名に説明している」
つまり、控訴人は、ここで、一審裁判所が、一審原告が提出した甲第三号証の一、を精査することもなく、率然と判決したことを難詰していたのである。
(三) 平成五年五月一三日、証人國吉隆の尋問が行なわれた。そこでは、次のような尋問と証言が為された。
控訴人代理人
後に提出する甲第三三号証を示す
23 この文書によると、昭和五八年九月二七日付けで那覇税務署長から控訴会社代表者伊是名興徳宛てに、異議申立書にかかる理由のうち伊是名興徳の個人に関する預金が当入の個人貸付による受け取り利息であること及び伊是名興徳個人の金銭で貸し付けていたことを裏付ける証拠書類を昭和五八年一〇月七日までに提出してください。とありますが、これに応じて、後に提出する甲第三四号証のこの「那法第一八八号に関する証拠書類の提出について」という文書を提出したわけですか。
そうです。
29 証人が提出したこの文書には、それぞれの預金口座の流れの説明や昭和五六年四月一日から昭和五七年三月三一日までの分について、すべての口座につき誰にいくら貸し、利息がいくら入ったかが詳しく説明されておりますが、これらの説明に対して税務署から反論がありましたか。
いいえ。
30 これらの預金口座は、控訴会社とは関係ないことが解ると思いますが、税務署から何らかの反論なり反証がありましたか。
いいえ。
31 他の年度についても同じような調査をしようと思えばできましたか。
はい。
32 証人としては、これだけの資料を提出すれば、誰が見ても個人に属するものであることが明らかと思ったのですか。
そのとおりです。
(中略)
被控訴人代理人
48 そうすると、口座の名義が伊是名興徳個人になっていても真実の名義人であるかどうかはどうして判りますか。
その預金口座は、会社が設立される以前から続いているから、会社から金が出ていることはあり得ないからです。
49 預金口座以外に調査したものがありますか。
はい。個人の伝票類等の書類がありました。
50 税務署から杉山調査官らが来た昭和五八年五月一七日までに伝票や帳簿等を調査して、口座預金が個人のものであることがわかっていたのですか。
はい。会社のものであるか個人のものであるかを資料に調査してわかっておりました。
51 預金利息が、伊是名興徳個人に属するものか会社に属するものかを区別する伝票や帳簿等の資料がありましたか。
はい。
52 それらの資料はいつ見ましたか。
税務署から調査官が来た日には見ております。
53 証人が受任した五月一二日頃までには見ておりましたか。
はい。
54 その伝票や帳簿類等は、個人のものと会社のものとは区別されておりましたか。
はい。現在もあります。当時国税審判所も調査に来てそれらの書類を見ております。
55 それらの書類を提出することができますか。
できます。当時も提出されていると思います。
56 証人が五月一二日頃に見たというそれらの書類の量は、どの程度ありましたか。
ダンボール箱の三、四個分くらいはあったと思います。元帳や貸付簿等がありました。
57 個人の分と法人の分とが仕分されておりましたか。
はい。はっきり分けられておりました。
58 何年度分ぐらいありましたか。
三、四年度分ぐらいあったと思います。
(四) 右(三)の尋問と証言の後に、裁判所は、甲第三四号証の基礎となった伝票や帳簿類(昭和五六年四月一日から昭和五七年三月三一日までの分)を、書証として提出するよう訴訟指揮し、國吉隆証人については、これらの書証提出後に、尋問続行と告知した。
(五) さらに裁判所は、昭和五二年四月一日から昭和五六年三月三一日までの四年分についても、伝票や帳簿類があれば、書証として提出するよう求めた。そこで控訴人は、裁判所の求めに応じて甲第三五号証ないし甲第五二号証を提出したのである。
三、右二、(一)ないし(五)の経緯で、甲第三五号証ないし甲第五二号証が提出されたのであるから、原審裁判所が為すべきことは、各預金通帳を基礎に作成した甲第三四号証の二「受取利息の内訳書」と、甲第三五号証以下の伝票類とが符合するか否かであり、また、甲第三五号証以下の伝票類が、伊是名の個人企業に係る伝票類と認められるか否かの事実判断であった。
ところが、原審裁判所は、右の事実判断を回避し、國吉隆は、昭和五八年五月当時、国税調査官らに対し、右伊是名の個人事業に係る伝票類を示し、これを調べてほしいと話した事実はないと、別の事実判断にすり替えた上で、「右供述等に係る事実を前提とする推計課税の必要性がなかったとの控訴人の主張は採用できない」と判示している。
四、原判決の右判示は、訴訟当事者が提出した重要な攻撃防御方法について、判断を遺脱し、回避した違法があると言わねばならない。
第三、以上いずれの点よりするも原判決は違法であり、破棄されるべきものである。 以上